「心配なんてしてくれなくてもいい」
「でも気になるんだ。好きなんだよ」
「自分だって、私と同じじゃないか」
「何が?」
「心配してくれている人の事は邪険にして、私の事ばっかり気に掛けて」
「心配してくれている人?」
「メリエムさんの事だよ」
瑠駆真の表情が険しくなる。
「あの人、本当に瑠駆真の事を心配してるよ。きっとお父さんだって」
「お父さんだなんて言うな。あんなの、父親じゃないっ」
「でもっ!」
「それ以上言うなっ!」
前触れも無く、美鶴に飛び掛る。両肩を握られ、背後のガラス戸に押し付けられる。
ガシャンと嫌な音がした。幸い割れたワケではないようだが、後頭部も軽く打ちつけ、目の前が一瞬暗くなった。
「何も知らないくせに」
気付いた時には、すぐ耳元で甘い声が囁く。
「ヤツらの事なんて何も知らないクセに、知ったような事を言うな」
「それは瑠駆真も同じだよ」
「何?」
「霞流さんの事、何も知らないクセに勝手な事ばかり言って。自分だって同じじゃないか」
反論できない。
瑠駆真は歯を食いしばり、肩に乗せた両手に力を込めた。そのまま身を寄せ、その瞳を覗き込む。
「そうまでして、霞流を庇うのか?」
「私は、霞流さんの事が好きなんだ。瑠駆真の気持ちには応えられない」
恨めしい。
こんな可愛らしい顔で、こんな可愛らしい声で、どうしてこうも僕の胸を抉るんだ。
悋気に苛まれる。
この瞳を、この頬を、霞流などには渡さない。
「痛い、離せ」
だが逆に指先を肩に食い込ませるように力を込めた。眉を顰める相手の顔を覗き込む。
「美鶴、よく聞くんだ」
「やめろ」
その唇はもう触れ合うほど。
「何もしないって言っただろう?」
「何もしないさ。言っただろう、何もしないよ。ただ、よく言い聞かせておきたいだけだ」
言って、右手を顎に添え、まるで慈しむように囁いた。
「君を、絶対にラテフィルへ連れて行く」
霞流になど、渡さない。
「私は行かない。絶対に行かないからねっ!」
「強情だな」
「当然だ。私には行かなきゃならない義務はない」
「こんなにお願いしているのに?」
「これがお願いをしているような態度か?」
「君がそうさせるんだろう」
「人のせいにするな。離せ」
「嫌だと言ったら?」
歯噛みをして相手を睨み上げる。
負けないぞっ!
気の強そうな瞳を見下ろし、瑠駆真は少しだけ唇を尖らせる。そうして思案し、耳元に唇を寄せた。
「行かないと言うのなら、行きたくなるように仕向けてみせる」
「仕向けるって?」
ギョッと身を引く相手にクスっと肩を竦め、サッと身を引いた。その驚くほどあっさりとした離れ方に面食らう美鶴。
「何? その顔。僕は何もしないって言っただろう。それとも何? 何かして欲しかった?」
たとえばキス、とか。
「冗談でしょうっ!」
羞恥か怒りか、本人にもはっきりとはわからないが、とにかく憤慨しているのは間違いない。睨みつけてくる相手に瑠駆真は華のような笑みを浮かべる。そうしてキッチンにまで戻り、椅子に置いておいた鞄を掴んだ。
「まぁいいさ。今日のところはコレで帰るよ。あまり長居をすると、また君に手を出してしまいそうだ」
「は?」
紅潮する美鶴の頬に愛しさを感じ、恥ずかしさに口をパクパクさせる姿を笑いながら、瑠駆真は玄関へと向かった。
「か、帰るの?」
「帰るよ。今日はね。何? 寂しい?」
「あ、アホかっ! 帰れ。出て行けっ!」
浴びせられる罵声に困ったように眉をさげ、だが大してヘコんでいるような素振りなどは見せず、本当に扉を開けて、瑠駆真は部屋を出ていってしまった。
ほ、本当に帰ったのか?
自問する自分に目をみはる。
なんなんだよ? なんだったんだ?
指の食い込んでいた肩が痛い。
よ、よかったじゃない。帰ってもらいたかったんでしょう?
それはそうだけど、ちょっとヘンじゃない? あれだけしつこく部屋に入れろだのなんだのとゴネたワリにはあまりにあっさりしすぎてる。それに、あんなセリフまで残して。
「あまり長居をすると、また君に手を出してしまいそうだ」
アイツ、まさか無意識で言ってんじゃないだろうな。
くどき文句とも取れる言葉の余韻にしばし絶句しながら肩の痛みに右手を添え、やがて美鶴はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
もっとも、数日後に着替えを手にしてやってきた瑠駆真の姿を見た時には、腰を抜かす余裕もない状態でリビングの真ん中に立ち尽くしてしまったのだが。
------------ 第18章 恋愛少女 [ 完 ] ------------
|